中卒から起業して年商1000億!GMO社長・熊谷正寿の経歴書

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熊谷正寿(くまがい まさとし)/1963年7月17日生まれ
photo by : http://matome.naver.jp/

売上高1000億円を越えるIT業界の大手通信企業・GMOインターネット株式会社。

グループ全体として、インターネットインフラ、インターネット広告・メディア、インターネット証券、モバイルエンターテイメントをメイン事業しており、『お名前ドットコム』で知られるドメイン事業と、『ロリポップ!』などで知られるレンタルサーバー事業では国内最大手となっています。

グループ総従業員数4000人を束ねるのは、創業社長である熊谷正寿さん。

さぞエリート街道を歩んできたのかと思いきや、最終学歴はまさかの中卒……。 『就職できるような学歴ではなかった』という理由から、消去法で起業の道を選択した結果、1000億円を売り上げる企業のCEOとなってしまいました。

そんな熊谷さんが、一体どんな道を歩んで成功を築き上げたのか、その経歴を簡単にまとめてみます。

 

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首席で入学したのにまさかの高校中退

孤独

思い返せば、中学時代もまったく勉強しなかったという熊谷さん。

「やればできるはず」という根拠のない自信に自惚れていたようで、進路相談では国学院大学付属高校(偏差値65以上)を志望すると担任に大笑いされてしまいました。

しかし、担任のそんな態度が逆に熊谷さんの眠れる闘志に火をつけ、その日から熊谷さんは猛勉強を開始しはじめると……。

なんと、熊谷さんは国学院大学に首席で入学を果たし、入学式では新入生代表のスピーチまでこなすなど、見違えるような成果を叩き出しました。

……しかし、やはりここでも自惚れたのでしょう。首席入学が仇になったのか、2年生にもなるころには「俺はやればできるんだぜ病」が再発し、学力テストでは600人中500位まで落ちてしまいました。

その後、学年主任の先生に目をつけられていたようで、高校2年生の夏に学校を退学することになりました……。

 

若干17歳でパチンコ店長に

高校を中退した熊谷さんは、お父さんのもとで働くようになります。

実は熊谷さんの父親は、神楽坂を中心に不動産、飲食店、パチンコ、アミューズメントを営む『熊谷興業』の創業社長でした。 なので、父親の会社が経営するお店でディスクのDJや喫茶店のバーテン、他にもチラシ配りやマクドナルドなどの沢山のアルバイトをしていたそうです。

その後、ある夜の両親のヒソヒソ話から、どうもパチンコのチェーン店が経営不振に陥っているという話を盗み聞きしてしまった熊谷さんは、 「俺がその店立て直してみせるよ!」とノリで買ってでてしまいました。

そんな経緯で、熊谷さんは若干17歳にして、数十人の従業員がいるパチンコ店の経営を担うことになったのです。

一ヶ月の猛特訓の末に釘師としての技術も学び、閑古鳥が泣いていた店を再復活させるために常識破りの施策をどんどんと打ち出していきます。

例えば、当時は両替機がなかったので、トレーナーに100円玉のマークを入れて、両替金を持ってもらってですね、お客さんが立たないでも両替できるようにしたりとか。

後は釘でもびっくり台というのをつくってですね、朝一番に15分で打ち止めになるような台を作って、それまで閑古鳥だったお店が朝からもう鈴なりで、駐車場が入りきらないぐらいお客さんが来るようなことをしたり。まぁちょっと考えられないようなマーケティングをどんどんしていったんです。(WEBインタビューより

とはいえ、いきなり十代の小僧がリーダーになって指揮を取るわけですから、それまで働いていた40代や50代の従業員は辞めていってしまった人も多かったそうです。

しかし、若く恐れを知らなかった熊谷さんの積極的な店舗改革のかいあって、2年ほどでお店は地域一番の繁盛店にまで返り咲きました。 このときの苦労や成功体験が、一部上場企業のステージに上った今でも大きく役に立っているそうです。

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21歳で子供ができ、社会人、夫、父親、学生の4役をこなす苦しい下積み時代

その後、熊谷さんは20歳で結婚し、21歳で女児に恵まれます。

父の会社で会社員として働きながら、家では夫として、また父親としての役割もこなし、さらに自腹を切って学費を払い、放送大学の聴講生として勉強も始めていました。

社会人、夫、父親、学生という4役を一人でこなしていたこの時期は、本当に地獄のように忙しかったそうです。

しかも、なんつったってお金がない。

熊谷さんは一見すると経営者の息子なわけで、さぞ裕福なおぼっちゃん生活をしていたかと思いきや、現実は全く逆です。 お父様は非常に厳格な方で、「お前は一番長い時間、一番安く働きなさい」というポリシーでした。

なので熊谷さんは、安月給に加えて、20時21時に帰ろうとすると怒鳴られるという大変厳しい労働環境だったそうです。

家族で住んでいたボロアパートはもちろん風呂なしです。しかもレンジとドライヤーを同時に使うとヒューズが飛ぶという有様で、家も若干傾いてる……。 本当に、若手芸人も顔負けの貧乏生活だったようです。

家に帰ると奥さんがアルバイト情報誌を片手に涙している。訳を聞くと、「お金が無いから、子供を保育所に預けてアルバイトを始めるの」とただ一言だけ答えた。(「ニッポンの社長」インタビューより

仕事はツラい、カネもない、奥さんは泣いてるし、家もなんか傾いてるし……。

八方塞がりのような苦しさを乗り越えるために、熊谷さんは3つのアクションを起こしました。

 

成功への3つのアクションとは

スーツ

ツラすぎる下積みを乗り越えるために、熊谷さんがとった3つのアクションとは、 『夢リスト』『人生ピラミッド』『未来年表』をそれぞれ作ることです。

 

1. 夢リスト

まずは夢リストとして、自分が一生涯を通してやりたいこと、なりたい自分像を思い描き、欲求・欲望・夢、そういったものを心のおもむくままに書き綴りました。

数十、数百という夢をメモ帳に書き出していくうちに、その中に芯のような、究極的な目標を見いだすことができました。熊谷さんが生涯に渡って追い求めたい目標とは「幸せ」と「成功」でした。 その2つの目標を、より具体的に以下のように定義しました。

  • 「幸せ」⇒ 心が穏やかであったり、満足感を得ている状態
  • 「成功」⇒ 物質的に余裕があること。精神的に豊かな人間になること。そして、社会に貢献するものを生み出せる人間になること

この作業を習慣化して続けていくうちに、「今はダメでも、将来はこうなるんだ」という気概が湧いてきて、息苦しかった胸がすこぶる楽になったそうです。

 

2. 人生ピラミッド

人生ピラミッドでは、夢のリストの項目を6つのジャンルにわけ、「基礎レベル」、「実現レベル」、「結果レベル」の三つのレベルに分けました。

下の段の中心が何よりも大切な「健康」。その左右に「精神・心」「知識・教養」。 それを土台とし、「社会・仕事」「プライベート・家庭」を乗せて、一番上が「経済・モノ・お金」。 そして、下の段から「基礎レベル」「実現レベル」「結果レベル」と名づけ、アク ションの優先順位をつけたのです。

20代ではまず「基礎レベル」の夢を達成しようと決め、様々なスポーツをして運動に励むことで肉体的健康を保ったり、毎日かかさず新聞を読むことで教養面も高めていきました。

大切なのは、夢や目標を細分化し、それぞれに期限とゴールを設定してコツコツと努力を積み重ねることだと言います。

 

3. 未来年表

未来年表は、自分の夢・目標を時系列に落とし込み、自分の未来を年表化したものです。

月次の集計用紙を横にして、30コマの2コマを1年として、20〜35歳までの15年分の設計図を作成し、「未来年表15年計画」と名づけて毎日持ち歩いていたそうです。

朝起きたとき、ご飯を食べるとき、夜寝る前、といつも「未来年表」を見ることで、自分の潜在意識の中に未来像を植え付けていきました。

とにかくひたすら未来年表を考え、思い描くことで、次第に考えるだけではなく実際の行動に結びつけられるようになっていったそうです。

以上のような3つのアクションで夢を実現させた熊谷さん。より具体的な手法は以下の著書にも書かれています。

 

28歳で起業の道へ

夢

もともと、まともな会社に就職できるキャリアを持っていなかったことから、いつかは自分で起業しようと思っていた熊谷さん。

そのいつかのために、父の会社で身を粉にして働いて、給料の大部分を起業資金のために貯蓄していました。 そして1991年、28歳のときに、GMOインターネットの前身となる株式会社ボイスメディアを設立しました。

事業内容は、電話とパソコンの技術を組み合わせた電話会議装置の開発でした。最初は話題となって儲かったそうですが、この事業の先行きは明るくないと判断し、ほどなくして撤退を決断します。

 

その後に到来してきたのがインターネットの波でした。 熊谷さんはいち早くインターネットに目をつけました。

「これからの情報発信の常識はガラリと変わる。これはもの凄い産業になる」と直感で感じ、インターネットプロバイダー事業への進出を決断します。

1995年当時、ユーザーがプロバイダーに加入する場合、会員制で年間契約、料金は前払い、さらに契約してから接続までに1カ月はかかるというケースがほとんどでした。

しかし、誰でもすぐに使えるような仕組みにしなければインターネットは普及していかないと考えた熊谷さんは、NTTに協力をあおぎ、電話回線を使ってインターネットに接続し、利用時間に応じた課金制、料金は後払い、しかも電話料金と一緒に徴収という、非会員制のインターネット接続サービスを開始しました。

このサービスがブレイクし、ベンチャー系企業として日本最大のプロバイダーになりました。

プロバイダー事業の次に取り組んだのが、今やGMOの代名詞でもあるドメイン事業とレンタルサーバー事業です。

インターネットをもっと面白くし、ユーザーによりインターネットを使ってもらうためには、ホームページの数を増やすことが必要だと熊谷さんは考えました。

しかし、当時はホームページを開設するのに、レンタルサーバー代が月に数十万円、独自ドメインの取得に10万以上、月額維持費も数万かかるなど、ハードルがあまりに高すぎたのです。

そこで熊谷さんが仕掛けた戦略は、『価格破壊』でした。 レンタルサーバー利用料は月間5万円、ドメイン登録料は年間数千円に下げてサービスの提供を開始すると、当然のごとくブレイクし、これらの事業でも最大手の座につきました。

 

1000万分の17の奇跡を起こし、株式上場へ

PublicDomainPictures / Pixabay プロバイダー事業、レンタルサーバー事業、ドメイン登録事業ともに順調に売上と利益を積み上げていき、 1998年についに、熊谷さんは独立系インターネットベンチャーとして初のジャスダック上場を果たしました。

野村證券さんの調査では、設立10年以内に上場できる会社の確率は1000万分の17だったそうです。この奇跡的な確率を掴んで上場を果たしたとき、熊谷さんは36歳でした。

起業前に作った未来年表では、「35歳で上場!」と目標を掲げていましたが、あえなく1ヶ月ほど目標をオーバーしてしまったそうです。

しかし、若き日に作った未来年表に従ってがむしゃらに働いてきたおかげで、今の環境があるということは揺るぎない事実です。

 

ちなみに、熊谷さんの「55年計画」では、売上高10兆円、経常利益1兆円、グループ会社202社、従業員数20万人のインターネット総合グループなるという目標が設定されているそうで、「夢で終わらせることなく、必ず実現させる」とまだまだ上のステージへと駆け上っていく模様です。

 

いかがでしたか?

50代とは思えないほど若々しい(そしてイケメン)な熊谷さんですが、そのイメージと反して実際はかなり泥臭く努力されてきた人でした。

「こんな僕でも起業できたんだから(誰だってできるよ)」というような発言をインタビューか何かで読んだとき、「こんな僕ってね、それは謙遜しすぎでしょう」とか思っていましたが、

こうして見てみると、確かに風呂なしアパート(しかも傾いてる)で奥さんと娘と暮らしていた熊谷さんに比べたら、私を含め一般的な20代はまだマシな環境で過ごしているということに気づかされましたね。

向いてない。独立起業してはいけない人のたった1つの特徴

2016.02.07

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自分が好きなことと得意なことは違います。残酷なほど違います。一流と三流を分ける海より深い隔たりがあります。

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